江戸高日記

懐かしい先生たち

母校も、旧制中学として創立され、新制高校に移行し、今年で、創立70周年を迎える。 受験教育に異常に熱心だった、両国高校と小松川高校(旧制の高女)は、いまでも進学校という分類らしいが、江戸川はごく普通の高校の位置をキープしているところが、相変…

思い出は思い出として

タイトル通りが、分別ある大人というもかもしれません。 いま、川島あいの「12個の季節~4度目の春~」を聞いています。 この曲を耳にすると、高校時代にのことが思い出されて、なんだかとても切なくなります。 切なくなる、といっても、悪い感情に支配さ…

番外編1

高校進学を控えた、中学3年のときのことを、ハッキリと思い出すことが出来ない。 中3の秋頃から、模試の成績がビックリするほどよくなった。 でも、それまでの成績不良がたたり、内申点はたいしたことがなかった。 そんな事情もあって、いわゆる進学校では…

出身者以外には、どうでもいい話

一時期は、野球を売り物にしていた、母校都立江戸川高校。 今年の春の大会も、よい結果を残せなかったようだ。 夏の大会は、始まったばかりだが、かなり厳しい戦いになるだろう。 高校は、基本的には、勉強するところだと、私は思う。 本末転倒してもらって…

授業の思い出

私の江戸高入学当時、どんな授業内容だったか、当時を振り返ってみよう。 数学 一年の時、酒臭い感じのM先生に習った。昔は大酒のみだったらしい。武勇伝に事欠かない、伝説的な数学教師という噂だったが、私たちの頃は、普通に見えた。同窓会報で、M先生…

マジソンバック

マジソンスクエアガーデンバックを知っている人は、私と同じ70年代を高校生として過ごした人たちだろう。 マジソンスクエアガーデンバック(通称、マジソンバック)は、当時、高校生の必須アイテムだった。バックにはMadison Square Garden と大きく書かれ…

制服と私服

↑江戸高のバッチ 私の在学当時、江戸高は制服でも私服でもどちらでもよかった。たぶん、私服が認められてそう時間が経っていなかったと思う。しかし、それまでの習慣か、それとも私服に自信がなかったのか、制服で登校するものが大多数だった。 男子は、たぶ…

砂の器(映画鑑賞会の思い出)

最近、松本清張の推理小説「砂の器」がテレビドラマ化された。原作とはかけ離れたもので、渡辺謙という私の好きな役者を使ってはいるが、まったく物足りない出来だった。和賀英良役の男優の下手くそな芝居にはほとほと参った。今回のような、原作を無視した…

淡い思い出(養護 H先生)

女の子に関して、保守的だった私が、おとなの女性を意識した人が、養護(保健?)のH先生だった。養護の先生と今でも思っているが、そんな資格の先生が当時いたのだろうか。これに関してはまったく記憶が曖昧だ。江戸高の女性教師には頭のとても良い人はい…

よりよく生きるために(倫理・社会 I先生)

倫理・社会のI先生から、生き方について重大な問題点を指摘されたことがあった。その忠告を素直な気持ちで受け止められなかった。そのことが、今でも心に重くのしかかっている。 何の課題だったかは忘れたが、物事の本質に踏み込むことに尻込みしているだけ…

人を信じること(体育 W先生)

ある夏のことだった。夏休み中に登校日があり、嫌でも学校へ行かなくてはならなかった。その登校日、私の体調は最悪だった。休めばいいものを、なぜか、がんばって登校した。 前日まで、徹夜で本を読んだり、冷たい飲み物をがぶ飲みしたりして、気ままに生活…

昼飯時のこと

高校になると給食はなくなり、弁当を持ってくるか、外に食事に行くこととなった。もしかしたら、昼飯時とはいえ、おおっぴらに出歩いてはいけなかったのかもしれない。当時はコンビニや弁当屋が今のようになかったので、学校も大目に見ていたのかもしれない…

切ない思い出

今でも思い出すと少し切なくなる女の子がいる。1年後輩の、Hさんのことがいつまでも心に残っている。 当時、彼女にハッキリとした恋愛感情を持ったことはなかったと思う。でも、何かの拍子に彼女のことが思い出される。好きだった子ではなく、なぜか、Hさ…

好きだった女子(その2)

私は受験に完敗し、浪人することとなった。当時、水道橋にあった、ある予備校に通うことにした。そこは高校の担任だったS先生と関係のある予備校だった。もし、江戸高でS先生に出会わなかったら、私は今とは違った人生を歩んでいたと思う。それほど、私に多…

好きだった女子(その1)

女子高生ということで思い出すのは、当時好きだった女子のことだ。彼女は入学当初から気になる存在だった。温かな雰囲気を持った、優しげな顔立ちで、頼りがいのあるしっかり者だった。とても賢い人だったと思う。一年時の夏の合宿(小諸の菱野山荘)でダン…

久しぶりの江戸高

久しぶりに出身高校である東京都立江戸川高等学校に行った。ずっと未納だった同窓会費を払おうと考えたのだ。 父の法事を済ませた後、新小岩の駅までバスで出て、駅前から歩いた。駅前商店街のアーケードを抜けると、住宅地の中を進むことになるのだが、当時…

江戸高の低迷

入学した江戸高は、勉学に関して、低迷状態にあった。現役の江戸高生には申し訳ないが、現在は完全に没落したと感じている卒業生が多いと思う。もうこれ以上、落ちるのは止めてくれとみんな願っているはずだ。私の入学当時、学校群制度開始以前と比べて、江…

高校入学

私が東京都立江戸川高等学校(江戸高)に入学したのは、もう30年以上も前のことであるが、高校受験と入学当初の思い出は、全くと言っていいほどない。 たぶん、受験にそう苦労した思い出がないためだと思う。 誤解なきように説明すると、難関校を目指さず…

この駄文を書くきっかけ

「旅立ちの日に」に想うこと 3月18日(金曜)、中学生の娘の卒業式に出た。式の中で、娘たちが歌っていた「旅立ちの日」にという歌が心に残った。これまでも聞いたことがあるに違いないが、今回は、強く心に響いた。なぜだろう。この数年、公私ともに厳し…