日本社会の日本会議汚染が参政党とネトウヨ代表の高市総理の支持者を生んだ
支配者が目指す、軍事侵略国家である大日本帝国の復活には子供の頃からの洗脳教育が必要だ。
先の大戦で完全に叩き潰されるまで、この教育という洗脳は成功したかに見えた、支配者にとっては。
それを明治期から延々とやっているのが支配者階級(近年では日本会議)と現在では自民党だ。
その結果が、現在の政党支持に明確に現れているように、アホ市自民と参政党への無批判な支持だ。
よくもまあ、ここまで学歴の高低に関わらず、国民を愚民へと調教したものだ。
日本の将来を考えると絶望的にな気分になる。
詐欺師の常套手段で、大物政治家との強力なコネがあるかのように大きく見せているが、実態は貧弱な人員で、単なる詐欺集団の統一教会がどれだけ関与できるかは怪しいものだか、支配者にとってアホをだますには統一教会は都合のいい隠れ蓑で、使い勝手のいい鉄砲玉的存在だったのだろう。
旗色が悪くなったら、クズは切り捨てればいいだけだから。
明治期から現在まで、右翼を名乗る者たちの目的は大日本帝国であり、純粋な(定義が難しいが)右翼思想ではなく、天皇は奴らにとっては都合のいい道具でしかない。
道具であっても、お化粧をして、磨き上げる必要があるのだ、権威付のために。
それこそが天皇の存在意義であり、一般国民にとっては、害悪こそあれ(戦争で命を落とさせられる)、何の利益にもならない愚劣な統治形態なのだ。
インチキ右翼であるアホ市が石破を潰しにかかっているのはレベルの高い議論になると負けてしまい、アホがバレてしまうからだろう。
日本会議という、右翼に見せかけた政治結社が、いかに日本社会を思うがままに洗脳工作して、現状の、インチキ右翼を蔓延させたかを詳しく知りたい方は、日本会議の研究(菅野完)を読まれることを強くすすめる。
西部戦線異状なしを高市、参政党のさやと神谷、維新の吉村にみせてやりたい
安部晋三の劣化版コピーである高市早苗、インチキ右翼でカルト商法集団である参政党代表の神谷と芸能人のさや、そして、儲かりそうなことなら何でも飛びつく参政党の吉村は、この名作を観たことはないだろう。
観たとしても、この作品に込められた戦争の現実と、それについて観る者に考えさせるという脳内作業を全くしなかったのが、ここにあげた、知性と教養を欠く、インチキ右翼の扇動者だ。
この扇動者をこの映画に描かれた戦場に連れていき、戦闘に参加させ、もし、生き残れたなら、感想を聞いてみたいものだ。
実体験しても、中国と戦争するための軍事力強化、核武装を声高に叫び、国民に強制できるかだ、高市、神谷、さや、吉村が。
これら扇動者は、当然のことながら、自分の命を危険にさらし、戦争に従軍したことなどなく、高市は、米国には存在しない身分による在米中の職歴など、真偽不明の履歴と実績のない政治活動歴、参政党の神谷はカルト商法まがいの世渡りから政治に転身、歌手崩れのさやは三橋という暴力的で危険思想を持つ人物の洗脳を受けた極右思想の持ち主、そして、成り立ちから自民党安倍派の別働隊である維新の吉村、など血と汗をして、戦争の実態など考えたことのない、安倍晋三につながる幼稚な国粋主義と金がすべてと考える売国奴の国賊ばかりだ。
この扇動者に共通する主張は、外国人の排斥(とくに嫌中)による日本人の権益の確保であり、その根拠となる思想は国家神道という天皇を神と崇め、民主主義を完全否定し、天皇を隠れ蓑にした、中国を屈服させられる軍事独裁国家の建設である。
まさに、明治政府が明治維新に使った、国家神道、つまり、神の国日本、による権力掌握と軍事力による威圧外交で世界中に敵を作るという、日中戦争と太平洋戦争開戦時の政府、国民、が狂乱した破滅的な侵略戦争を手段とした国家運営を再現しようとしているのだ。
早急に、これらの国益を大きく毀損する扇動者を排除する必要がある。
そのためには、日本が世界から、とくに、侵略したアジア諸国から、どう見られているかを正しく国民、とくに、知性と教養にかける若年層に、正しい情報を与え、教育する必要がある。
扇動者は決して言わない、日本が侵略したアジアの国々では、日本は嫌われている事実を。そして、呆れたことに、日本が好かれていると宣伝する。
日本が戦争責任を自覚し、現地に金を落とすことで好印象を獲得した長年の努力の上に、現在の国交が成立していることを忘れてはいけない。
この現実を知ることで、国民、とくにアホな若年層は正しい国政とは何かについて考えるように仕向ける必要がある。
敗戦により米国の植民地になったことを誤魔化すためのインチキ民主主義に目覚めさせ、なぜ、あの無惨な戦争に突入し、何をやったのか、その結果として何が日本人に突きつけられているのかを考えられる賢い国民を育てることが、今の日本の急務だ。
そのためには、政財界とそれに協力する思想家など、扇動者、の排除が必要だ。
最近ハマっているYouTube動画から日本社会を考える
このところ、よく視聴するYouTube動画は、アメリカの若者がオールドカー(旧車)を走行可能までにレストアし、実際、常用するという動画だ。
レストア対象の多くは50年代から80年代の車で、とくに、アメリカ人が大好きなフォードのFトラックが中心となっている。
日本人のレストア動画といえば、世界一厳しい車検制度があるので、かなりの程度まで修復するが、ご存知のように、アメリカでは日本のような車検制度がなく、登録すれば公道を走れるという、一見、無秩序、な状況からか、そこそこ走れる状態まで修復し、ガンガン日常生活に利用している。
そのいい加減さは、公道を走る車であるので、危険と思うのは日本人にとっては常識的な反応だと思う。
アメリカの車社会とは、車が普段履きのサンダル程度の扱いのように見えてしまう。
この動画チャンネルの登録者数は30万ほどであり、各動画も数十万回の再生数を誇り、かなり人気のチャンネルであることから、たぶん、動画のコメントから、車に対する考え方が、多くのアメリカ人が共感する内容ではないかと推察する。
内容は、ガレージ、原野、倉庫などに放置されている旧車を回収し、自宅のガレージまで運び込み、まずは、エンジンを可動状態にして、それから車の内外を、原型を残した状態で清掃、修復するというもので、邪魔な解説が一切なく、サイレント、でレストア過程が淡々と進行するという、極めてシンプルなものだ。
同じアメリカ人による旧車のレストア動画チャンネルも複数があるが、どれもレストアをビジネスにしているようで、詳細というか、時に過剰な、リアルタイムの解説は、人によっては役には立つのかもしれないが、私のようなレストアをやっていない者にとっては耳障りでもある。
チャンネルを主催する若者のキャラクターによるのかもしれないが、黙って進められる修復作業にどんどん引き込まれ、魅了されてしまうのだ。
そして、そこそこ可動状態になったら、登録し、公道をお気に入りの旧車で颯爽と走り、時には長距離ドライブや旅行する様子は、日本では見られない光景だろう。
日本人のレストア動画は詳細な解説があるので、車好きや、実際にレストアを手掛けている人にとっては貴重な情報源だと思うし、技術を磨くことが好きな日本人には、解説がある動画の方が受けがいいと感じる。
車のレストア一つ取っても、日米の思想性の違いが明確に分かるし、社会、文化、思想が、国や民族によって、いかに多様なものであるかを気づかせてくれる。
この多様性と複雑が世論誘導を画策する者にとっては最大の狙い目であり、昨今の排外主義的傾向の高まりは、まさにこの複雑さを生きることの難しさを逆手に取った戦略だろう。
確かに安倍晋三によるインバウンド需要の無秩序な拡大によるオーバーツーリズム問題はあるが、その原因を作った、観光で一山当てようと企てた者が外国人排斥を扇動するという無責任かつ矛盾した動きが社会にあふれている。
果たして、知性、でこの意図的に仕組まれた混乱に対応できるものか、日本は危険水域に入っていると感じる。
のんびり、趣味の動画を楽しめる社会はイスラエルがガザで強行する、排除、で実現できるものだろうか、疑問に思う。
参政党の正体見たり
参政党女性議員のあからさまな無知と危険な権力行使への意思を感じ取った。
有名な討論番組である、朝生、での討論で、参政党の梅村という、維新を追い出され、参政党に拾ってもらった女性議員の思想性と論理展開に、無知丸出しで、論理的思考を感じない発言に、噂通りのクズ議員だということが確認できた。
とどのつまりは、梅村議員は、返答に困ると、自説を正当化するために、参政党がウソをついて、思慮の足りないアホな国民をだまし、議席を得たにもかかわらず、十数議席を得たことをもって、民意、であり、正当性があると断言した。
この発言を聞いて、参政党という政治結社の本音と知的レベルのあまりの低さ、民主主義を真っ向から否定する態度を確認することができた。
今後も、論戦になると、民意、という二文字を持ち出し、煙に巻くのだろうが、アホ国民はそれで騙せても、まともな知性と教養がある国民には全く通用しない戦法だ。
代表の神谷とかいう人物も多くの醜聞と怪しげなカルト宗教とのつながりが明らかにされており、その事実さえも調べず、日本の不況とそれに起因する社会不安の責任をすべて在日外国人に負わせるという、まことに無責任で無知丸出しの選挙演説にはあきれ返ったが、この女性議員の、テレビという公的な場での発言で、党としての思想性の幼稚さと危険性をしっかりと脳裏に刻み込むことができた。危険性の中には、この政党が民主主義を完全否定し、天皇を神とした国粋主義国家、つまり、敗戦前の大日本帝国の再興が目的であるとする党の思想も含む。安倍晋三と全く同じ思想なのだが、神谷はあまりの無知さから日本会議から追い出されたというから、直接的な支援は不透明だ。
今回の梅村議員の発言について党代表である神谷の答えはたぶん、個人の意見である、党としてのはそのように考えていない、発言の一部を都合よく切り取ったものだ、と逃げるだろう。神谷という人物は常にこの詐欺的手法で選挙演説を展開していた。
もう一つ確認できたこととして、日本国民には、学歴に関係なく、知性と教養がなく、論理的に物事を考えることができない、参政党を支持するアホ国民が一千万人以上いるという恐ろしい事実だ。
ヒトラーのナチ党が国家権力を掌握する過程で、危険思想として泡沫扱いされ、多くの国民が無関心であったことを利用し、徐々に党勢を拡大し、最終的には恐怖政治で国民を支配することで、反論を完全弾圧したという歴史の事実を、今回の参政党の不気味な党勢拡大と関連付けて考え、最大限の警戒監視の必要性を感じた。
国鉄分割民営化の本当の狙いは何か
日本国民は中曽根康弘という極右総理とそのブレインが仕掛けた国鉄民営化という労働者の権利を守る労働運動と社会運動つぶしにまんまと乗せられ、国鉄を悪者とした民営化を両手を上げて賛美しました。
国鉄を民営化し、JR7社に機械的に分割したのが失敗でした。その失敗を放置し、結局、赤字なJRを黒字を出しているJRが補填するという国鉄時代となんら変わらない構造を取っているますが、個人的には当然のことだと考えます。
国民の多くは当時の極右政権の洗脳で、組合運動と権利の過剰な主張が国鉄の大赤字の原因だと叩き込まれました。政府はマスメディアとジャーナリストを抱えているので多くの国民はすっかり洗脳されました。
国鉄という国民の財産の健全な運用を目指すなら、せっかく全国ネットという素晴らしい財産をもっていたのですから、分割などせず、民営化でやったことを、国鉄のままでやればよかったのです。繰り返しますが、国鉄は国民の財産ですから、そこに赤字が発生しても、国民生活に必要なら、税金を投入することは当然のことです。
ではなぜ明治期から築き上げた全国ネットを解体したかと言うと、当時の政府、総理大臣は政府に都合の悪い組合運動や社会運動を封殺し、労働者の正当な主張を封殺するために、国民に国鉄とその組合員が悪人だと信じ込ませ、それが浸透したところで、政府の強引さ、下心を隠すために、分割民営化、という一見ソフトな再建方法、実は超強引な労働者の権利を無視する方策を採用したのです。これなら国民には受け入れやすく、政府の強引な社会運動破壊を正当化できると考えたのでしょう。
当時の総理大臣は日航123便墜落事件の主犯と目される、あの闇まみれの中曽根康弘という、極右の核武装推進派でしたから。国鉄の健全化は国鉄のままでも、痛みを伴いますが、可能でした。民営化という手法を採用することで、国は交渉などで苦労せず、労働者の反発を抑え込めるのです。自分は傷つきたくないが、労働者や社会運動による反政府的な動きは弾圧したい、という非常に悪賢いやり口です。まさに、極右の軍事力を背景にした国家主義をステルスに目指していた軍人上がりの中曽根康弘とその極右のフレインたちの思惑通りに国鉄分割民営化は強行されたのです。
結局、国鉄時代と同じことをやるしかないのですから、非効率な分割などやめ、国鉄に戻し、全国ネットというメリットを最大限に活用すれば、JR北海道やJR四国などの赤字を補填しつつ、国民の財産である鉄道が国民生活の向上に寄与できると考えます。
JR東海のように、ネット社会にもかかわらず、一時間ほどの時間短縮のために、天文学的に莫大な金をリニアなどにつぎ込むことなど不要と考えます。もう、国家による洗脳から目を覚まし、都市部の限られた人間だけが利益を享受できるという自民党が進める特権階級向けの政治を終わらせる時が来たと考えます。国鉄民営化の犠牲がJR北海道と北海道民で、その恩恵を享受しているのが、JR東海とJR東の都市部の国民だけという現状を認識すべきです、多くの国民が。
日本を陰惨と破壊に導いた山縣有朋の動画を視聴して考えた
山縣を好意的に解説した、危険な動画が目についたので感想を述べたい。以下に、引用元の動画のURLを貼っておく。
感想ここから
大東亜戦争、太平洋戦争につながる軍国主義を背景とした帝国主義を必要悪とする論調は、練り上げられた流れるような解説によって、その問題点をスルリと流している。
日本社会を軍国主義で治めようとした、個人の人権や思想信条の自由を一切認めず、自分は国費を私的に使うなどという、とても明治の元勲などという評価には値しない、日本の民主化を軍国主義によって破壊した首謀者である。
もし、桂や大久保が命を落とさず、西郷が侍に担ぎ上げられなかったなら、現在のような、一見、民主国家、実際は情報統制や悪徳利権による国家主義、という最悪の状態ではなかっただろうし、多くの戦争も避けられた可能性がある。
開明主義の明治天皇が山縣を嫌っていて、評価していなかったことは有名だが、軍事を掌握していた山縣には、天皇としても、うかつに手が出せない状況だったと推察される。
明治維新は、結果的には侍の権力闘争だと私は考えるが、その中でも、国家、国民を思う俊英たちがの多くが、これからというときに、暗〇により葬られ、代わって、人品卑しい山縣や伊藤のようなセカンドランクの人間が国家運営を行ったことが日本を誤った方向へ向かわせたと考える、外国、それも外交上手の(東インド会社、グラバー商会などが工作組織)、英国のコントロールの下で。
感想ここまで。