淡い思い出(養護 H先生)

女の子に関して、保守的だった私が、おとなの女性を意識した人が、養護(保健?)のH先生だった。養護の先生と今でも思っているが、そんな資格の先生が当時いたのだろうか。これに関してはまったく記憶が曖昧だ。江戸高の女性教師には頭のとても良い人はいたが、心ときめく人は一人もいなかった。そんなつまらない高校に、若くて美人なH先生が赴任してきた。

ある時、ペンキかなにかで、白いワイシャツを汚したことがあった。その場にいた若い男の先生が、それを見て、「H先生のところに行って落としてもらえ」と言った。H先生は若くて、細身の日本的な美人だった。話し方も控えめで、今でもハッキリ覚えているが、本当に優しげな声だった。男子学生の中には憧れている者もいたが、私はその時まではなんとも思っていなかった。

汚れたままでいるのが嫌だったので、H先生の部屋を訪ねた。わけを話すと、先生は私の脱いだワイシャツを観察して、流しにあった洗剤を使って汚れを落とし始めた。私は、Tシャツ姿で、その様子を眺めていた。先生は一生懸命汚れを落とそうとがんばってくれていた。流しに向かっている先生の後ろ姿は、なんだかとてもすてきだった。先生は、その日、白い上着と白っぽいスカートという組み合わせの服装だったと思う。黒いきれいな髪の毛を後ろで縛っていた。清潔感漂う、若く清楚な先生は、同級生の女子とはまったく違った雰囲気、つまり、おとなの女性としての色気(当時はそれがなんだかわかっていなかった)にあふれていた。私は先生の後ろ姿に見入ってしまった。すると、先生が突然こちらに振り向き、「完全に落ちないかもしれないけど、やってみるから、後で取りに来て」と言ってくれた。私の心臓はドキドキと激しく鼓動し、頭と下半身はとんでもなく熱くなっていた。お礼を言って、その部屋を後にしたが、心の中がもやもやとした変な精神状態だった。少し発情していたのかもしれない。

しばらくして、先生のもとを訪ねたが、完全には落ちなかったようで、わずかに汚れは残っていた。私にはそんなことはどうでもよく、H先生が一生懸命洗ってくれたことが、たまらなく嬉しかった。一生徒の不注意から起きた不始末にもかかわらず、うまく落ちなかったことを申し訳なさそうに話す先生の様子が、またまたすてきだった。完全に心がとらわれた状態になっていた。ハンガーに掛けて干してあったワイシャツを受け取り、何度もお礼を言って、先生の部屋を出た。身につけたちょっと湿ったワイシャツがとても心地よかった。先生の思いやりがそう感じさせたのだ。その日一日、私は最高に幸せだった。私が、以後、H先生のファンになったことは言うまでもない。

今にして思えば、そのある若い男性教師は、なぜH先生のところに行くように指示したのか、ちょっと気になる。二人は仲が良かったのか、などと勘ぐってしまう自分が浅はかに思えるが。程なくして、私は卒業したので、H先生のその後についてはまったく知らない。まあ、H先生なら、きっと幸せな人生を送られていることと思う。