フライトシミュレーターでジャンボジェットB747-400を操縦してみる。
一番易しい条件下での飛行だ。
標準のセスナや小型ジェット機と違って、機体が大きくエンジンパワーがあるので、とり回しが難しい。
大型機は構造上、無理な操縦はできない。
操縦のやっかいな大型機で、垂直尾翼のほとんどを失ない、操縦系統もやられた、あのジャンボ機はどんなにか操縦が難しかったであろう。
最後まで、諦めずに操縦桿を握ったパイロットの必死の操作が痛々しく感じる。
もう間もなく、あの事故機と同じ旧型のジャンボ(B747-100SR)は日本の空の旅客輸送から引退する。羽田の駐機場で何機か並んでいる青社(カンパニーカラーでわかると思うが)の旧型ジャンボをこの前出張したとき見かけた。
8月12日は日航ジャンボ機事故を追悼する日だ。
毎年来るこの日に、航空機事故の再発防止を誓う様子が、テレビで報道される。
航空機は事故という悲劇に出会うたび、改良が加えられ、進化してきた。
ジェット時代の幕開けの頃、不完全な機体のため、多くのテストパイロットやその訓練生が命を落とした。
この辺の経緯は、愛読書の「ライトスタッフ」で知った。
そして、英国が開発したコメット号という史上初のジェット旅客機の墜落事故が、新たな世紀の幕開けの喜びを絶望に変えた。
しかし、徹底した検証によって、この悲劇も乗り越え、改良が加えられた高性能なジェット旅客機が登場し、真の高速輸送時代が到来し、現在に至った。
我々の今受けている数々の恩恵は、尊い犠牲の上に成り立っている。
ヒトが生きるための手段は、人命を犠牲にすることで、発展してきたように思われる。
生物の中で、生活をより便利にするため、命を犠牲にすることをいとわず、堂々と繰り返してきたのは、人間だけではないだろうか。
ヒトという動物は、破壊的で、かつ、創造的な、変な生き物だと思う。よく滅ばなかったものだと感心してしまう。