雲の階段(渡辺淳一)を思い出した

渡辺淳一といえば、昨今は、失楽園、を連想する向きも多いが、その作家活動の初期においては、出身である医学をテーマにした作品が多かった。
 
医師がどのような経験をして成長していくのか(腐るのか?)を、客観的で、冷静な筆致で描いた作品は、医学界のただ中にいた者ならではのリアリティーがあると思う。
 
彼は整形外科医だったようだが、メスを使う科、で暮らした者としての習性か、その文章は豪快さと細心さを兼ね備えている。
 
私が大学に入学した頃は、心臓移植を取り上げた小説が話題になっていた。
 
医学部では、座学の他に、実習を通して、医学の実情に触れるが、それは、中にいる者にとっては、多くの事象の一断片であって、1つに固着することを許さない、多忙な日常が繰り返され、じっくり医学を考える時間を見つけ出すのは難しい。
 
以前とは違って、医療を考える科目や実習が多くなったが、学生は、日々、知識の吸収に追い回されいる現実は変わりなく、むしろ憶えるべき知識量は、何倍にも増えている。
 
米国でスタンダードとされている内科学の教科書を見ればすぐに分かることであるが、改訂を重ねて、高枕に出来るほど厚さが増している。
 
と、医学部の実情を、少し書いてみたが、私は、医学教育は抜本的な改革が必要と考えている。
 
容易ではないことは、社会の仕組みから理解できるが、医学部を生命科学の基礎を修めた学部卒業者に限って入学を認めるべきと考える。
 
以下の新聞記事を目にして、瞬間的に連想したのは、渡辺淳一の小説、雲の階段、である。
 
島の診療所で、医療補助をやっていた若者が、様々な偶然の重なりから、そして、医療を独自の視点で考える、外科医の診療所所長の意図的によって、外科医、として無資格診療を始めてしまい、それがもとで、都内の大病院の娘と結婚することとなる、というストーリーだ。
 
小説の中では、主人公の青年は、終始、自分のしていることの後ろめたさと、栄達への願望?のはざまで揺れ動くのであるが、結局は、栄達の道を選択し、あげく、耐えきれなくなって、国外逃亡を図る、という結末である。
 
書かれている内容は、明らかに、医師法違反であるが、僻地医療の現実や、医学がベッドサイドの経験により、身についていくものであるという、事実を描き出していると思う。
 
座学に優れた者が、医者として有能であるとは言えない。とくに、外科領域では、持って生まれた手先の器用さが必要である。
 
努力が一番大切であるが、どうしても名人と呼ばれる者は少ない、だからこそ、昨今では、ロボットを使った遠隔操作で、その分野の名医が、手術をするという試みがなされているのだと思う。
 
そういう医学の現実を、この新聞の記事は、私に考える機会を与えてくれた。
 
無資格診療をした男性の詳細は分からないが、その行為自体は違法でも、内容が適切ならば、それにより救われた人もいるはずだ。
 
昨今は、医療の地域格差や、医師の倫理観の欠如、技量を持たない、免許を持っているだけの者が医療に関わることなど、日本の医療には問題が山積している。
 
このブログでも取り上げてきたが、進学校という、高学力の者を集めた学校では、医学部合格者数を競う、という、医師の適正を考慮しない、受験競争が激化している。
 
これなども、医療に対するしっかりとした意識を持たない者が、医療の現場に迷い込むという状況を作り出している元凶である。
 
医学教育には、英語や数学の学力がぬきんでている必要はなく、地道な努力が大切で、そのベースにあるものは、奉仕の心、という人格的なものだと考える。
 
果たして、進学校の医学部合格者の多くに、その適性が備わっていると言えるだろうか、それも、まだ18歳という年齢である。
 
 この事件は、医学教育、医療、そして医師免許、というものの意味を問い直すものと、私は感じた。


無資格で医療行為か 朝日新聞が医師として掲載、お詫び記事

産経新聞 8月12日(金)10時2分配信
 朝日新聞(東京)は12日、東日本大震災の被災地で医療活動するボランティア団体の代表として10日付紙面で取り上げた男性が、実際には医師免許を持っておらず、無資格で医療行為を続けていた可能性が強まったと、12日付朝刊紙面で訂正記事を掲載した。記事掲載後に外部からの指摘で発覚し、その後の取材で無資格と判断したとしている。

 問題の記事は10日付朝刊2面「ひと」欄の「被災地で『ボランティアの専属医』を務める米田きよしさん(42)」。朝日新聞によると、この男性は4月ごろから宮城県石巻市内に常駐し、傷の手当てや投薬を実施。石巻社会福祉協議会に対して、厚生労働省が医師国家資格を認定したとする虚偽の証明書のコピーを提出するなどし、無資格で医療行為を続けていたという。記者の取材に対し男性は「日本の医師免許を持っている」と説明していたという。

 また、震災ボランティアを支援する日本財団(同)では、この男性の団体に6月、医療物資の購入費などとして100万円を助成。返金要求を含め、同財団は「今後、対応を検討する」としている。

 朝日新聞東京本社報道局の福地献一局長は「日本の医師資格を持たず、経歴についても虚偽の疑いの強いことがわかりました。誤った内容を掲載したことを深くおわびします」とコメントしている。