何をやりたいのやら、民主党

民主党の危機迫る。
 
何をやりたいのか、さっぱり分かりません。
 
このままだと、民主党は、自民党になってしまいます。
 
もとは同じですからね。
 
国民が、先の選挙で民主党に投票したのは、官僚政治の打破、利権・土建政治の廃止などだったはずです。
 
少なくもと、民主に投票した人の多くは、強権発動もやむなし、と考えていたはずです。
 
そうじゃなければ、一般民衆の生活を考えた政治、政策があったことがないこの国では、改革など出来るはずもないのです。
 
考えみてください、この国では、歴史上、常に一般民衆は、いいようにあしらわれてきました。
 
明治維新さえ、権力者は美化していますが、あれは武家の権力闘争でしたし、その後は、軍国主義へまっしぐらでしたから、まともな民主政治が行われた経験が、この国はないのです。
 
残念なことに、民主主義を志向した明治の偉人は、皆、なぜか暗殺されてしまいました。
 
うまく生き残ったのは、癖のある人物で、私は嫌いですが、勝海舟福沢諭吉くらいでしょうか。
 
そんな悪政が破綻し、先の大戦で、完膚無きまでにたたきつぶされたのですが、戦勝国の植民地政策(占領政策ともいう)と、国際戦略上、利用価値があったため、国の枠組みをきちんとした反省に基づいて改革せずに、民主主義っぽい国家という化粧をアメリからしてもらい、今日まで国民を欺いてきたのですが、また、破綻したのです。
 
どうやっても、破綻するのです、この国は。
 
明治維新から、何も変わっていないのですから。
 
明治になって創作された数々の神話によって、国家を一つにまとめようとしましたが、その作業課程においては、全く民主的な議論を経ておらず、軍国主義者が、組織運営上、自分たちの都合がいいように国家の基本、成り立ちの根拠を、まさに、創作したのです。
 
明治維新をやったときの、尊皇攘夷を、そのまま強引に押し通し、正当化しようとした、と私は考えます。
 
まさしく、自己正当化です。
 
これが結構うまくいったので、成功体験とはおそろしいもので、それをさらに発展させ、アジアを制覇する帝国を作ろうと、暴走し続けたのです。
 
国民も、まじめに政治や社会のことを考えるという経験がないため、いつまでたっても、お上の言いなりです。
 
不思議と、外圧に関してだけは、一瞬まとまって反発したりする国民性ですが、それも、長続きしません。
 
実体を伴わないことを、国民に強要するからです。
 
ところが、先の大戦では、まさに、外圧が日本本土にまで押し寄せ、初めてその強大さを経験したのです。
 
それまでは、相手方の都合で、九死に一生を得てきた日本だったのですが、その幸運を謙虚に受け止め、反省することなく軍国主義化による大帝国建設を夢想したため、先の大戦では、厳しい現実を突きつけられることになったと、考えます。
 
近代的な国家が形成される上で経験しなくてはならない要件を直輸入したり、与えられたりするため(アメリカによる民主主義など)、物まねの域を出ず、国家運営が、表面的で、稚拙であり、かつ、特定の利権集団の思うがままにされてしまうのです。
 
なんとか、日本の国を持ち上げようと、国粋主義的思想を養おうとしましたが、それも、実体が伴わず、神話の世界だったので、悪く働くことはあっても、一般民衆には、何ら利益をもたらすことはありませんでした。
 
ここまで書いてきて、日本とは、未熟な国家である、と言えます。
 
個々の能力は、素晴らしものがありますが、国民のための組織的な国家運営となると、悪意を感じるほど、ずさんそのものです。
 
ただし、官僚のため、政治家のため、利権集団のため、となると抜群の組織運営がなされます。
 
山縣有朋の顔が思い浮かびます。
 
国民がが幸せになること、これがすべてだと考えます。
 
神話の世界の人や、悪徳政治家、専横な官僚、国家に寄生する資本家、が幸せになることが、国民の幸せではいのです。
 
国家とはどうあるべきけが、きちんと議論され、実現されることを、国民は願っているのです。
 
歴史への挑戦といえる難事業に取り組んでいるという認識が、果たして民主党にあるのでしょうか。
 
旧体制を、適当に改変して、ことを荒立てないで済まそうなどと安直な考えでいたら、民主党はつぶれます。
 
強権を発動し、押さえるところはきちっと押さえていかないと、このままでは、国民は離れていくでしょう。
 
そして、また、官僚専制政治、土建・利権まみれ政治へと逆戻りすることになるのです。
 
多くの国民は、自民党がやった政治の再現を望んではいないのです、現状では。