自殺者の増加に無頓着な社会の行く末は

日本は、以前から自殺者の割合が多い国でした。

さらに、このところの不況、圧政、悪政で、自殺者は増加し、高止まりしています。

ちょうど、コイズミが総理大臣になったあたりから急激に増加し、現在に至ります。

不思議なことに、自殺者の増加というニュースは、それほど話題になりません。

根性のないものは死ね、というような意味のことを、どこかの知事は言い放ち、見苦しいパフォーマンスを展開していますが、この知事を問題にしないこと自体、日本社会が、死に無頓着になっている証拠ではないかと、考えてしまうのです。

弱いものは死ね、そして、強いものだけが選択された、強靱な?社会を構築するという、ナチズムにも似た思想が、日本の社会に浸透しつつあるように思えます。

教育にも、その傾向が強くなってきています。

弱きものは(学力のないものは)、学習する必要のない施設に囲い込み、高校卒業資格だけはあたえる、という何とかスクルーという高校もどきの学校を、東京都は作りましたが、これこそ、差別化、切り捨ての象徴だと、私は考えます。

ナチがユダヤ人に行ったような隔離政策が、公教育の場で進行しているように思えてなりません。

お前は、怠け者を擁護するのか、という声が聞こえてきますが、ほんとうに、怠け者の集団なのでしょうか?

経済効果を考える、という評価軸を教育や行政に導入することにより、社会は、一気に冷酷、切り捨て、に向かって走り出しました。

その一方で、国民が孤独死(貧困死といった方が正しいかもしれない)しても、平気でアメリカの戦費を肩代わりしたり、相変わらずの、税金の無駄遣いです。

皆さん、お気づきではありませんか?いつの間にか、自衛隊の、とくに海上自衛隊護衛艦が、高性能化、大型化し、世界中どこへでも展開できるようになっていることを。

昔、護衛艦といって、ひとくくりにしていましたが、軍国主義者による旧海軍の巡洋艦クラスに大型化していて、一艘、何百億とします。

始末に負えないのは、この兵器というものには、莫大な額の維持費がかかるのです。

そして、なにも生産することはありません。ただただ、お金(税金)を消費し続けるのです。

現政権は、アメリカの世界戦略の一翼を担うつもりですから、当然のこととして、今後も、軍備増強を続けることでしょう。

日本国民が、本当に、アメリカの世界戦略に組し、弱者を犠牲にすることに何のためらいもない、そんな殺伐とした社会を望んでいるのか、直ちに問うべきです。

マスコミによる街頭インタビューで、国際政治学者気取りのコメントをして、現政権に理解を示す正体不明の人物が、よく登場しますが、あれはやらせでしょう。

国民は、苦しいのですから、苦しいと、声を上げるべきです。

何の苦労もない、一部の者の思惑に、振り回されてはいけないのです。

政局は、現政権、官僚、経済界の思惑が複雑に交錯して、不安定極まりない状況です

あえて、混乱を創出している組織があるのかもしれません。

国民は、自分の周辺を、もう一度見渡し、果たしてこの社会が希望の持てる、生きがいのある社会なのか、自身の頭を使って考え、行動するときに来ているのです。