この10年で、うつ病患者が、2.4倍に増えたという記事を目にした。
不況が、その主因ではないか、という専門家(精神科医など)の分析が載ってた。
まさに、コイズミが最悪の社会破壊を断行した時期にぴったり一致する。
実生活と全く関係ない郵便を争点にされた馬鹿げた選挙に踊り狂ったバカ国民も同罪である。
よく識字率とか、1億人以上の人口がある国では、もっとも学力が高い、などと妙なプライドを振り回す知識人もいるが、肝心の自分の存在する社会の将来を考えるという、最も肝心なことが、全くなされていないこの国は、いったい何なのか。
識字率、教育水準、学力といった物差しが、社会生活と乖離し、特定の利権集団しか利することがない、この国を、この国の国民は、どう考えているのだろうか。
私は、貧乏でいい、アメリカの戦闘機が24時間飛び回らない、国であって欲しいと考える人間だ。
国際化という地域戦略、国際政治に、いいように利用され続ける日本は、結局、国民生活が破綻し、将来を絶望した多くの人が、うつ病、自殺に追い込まれているのではないか。
コイズミが演出したミニバブルの恩恵を受けた人間、企業(トヨタがその最大受益者)から、なぜ、税金を取らない。
社会が、弱者を犠牲に成り立っている図式は、どこの国にもあるが、意図してそれを実行すると、こんな社会になるのだ。
その推進者であるコイズミやイシハラに投票した売国奴と国粋主義者たちは、明らかに、国体という抽象的概念の再興を意図しているとしか考えられない。
これほど病んでいる国民を救えるのは、民主主義であり、心許ないが、現政権しかないのだ。
抽象的概念を拝んでも、その先には国民の死しかなかったことを、日本国民は思い出すべきでる。